おのおの方、軽い読み物でござる

江戸時代を“探検”する (新潮文庫)
 自分の過ごしてきた子供時代というのは、すでに歴史の中にあって、現代史のひとコマという感じである。自分の小学生時分には、明治生まれの年寄りたちもたくさんいたし「もうすぐ明治百年なのか…」とぼんやり思っていた記憶もある。
 その前にあった江戸時代が年齢を重ねるにつれ、身近な感じをもって感じられるようになった。忠臣蔵は相変わらず好きだし、幕末の志士たちの話は何かあるたびに考える。たまにはこんな本でもと手に取った。

すでに戦争はなく、喧嘩も両成敗とされる時代になっていたにもかかわらず、武士社会は、武士に戦闘者としての倫理を要求していた。いやむしろ、平和な時代になっていたからこそ、ことさらに勇気を誇示することが必要になったのではないかとすら思われる。そのような社会で時分の命と「家職」をまっとうするためには、「常在死身」の心掛けが必要だった。なぜなら武士は戦闘者でなければならないからである。

 赤穂浪士は「かぶき者」的資質によって引き起こされ、ゆえに彼らは「義士」ではないと著者は言う。

…当時の武士の非合理的な気質を基盤に、彼らが排除されていく元禄時代特有の時代背景をもって起こったものであり、たとえば大石に現代的な知略にみちた英雄を見たり、個々の義士たちに大義のために身をささげる忠義を見たりするのは、根本的に誤っているのである。