台所でかんがえる
- 作者: 平松洋子
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2008/02
- メディア: 単行本
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ふつうのひとの、ふつうのつよさ。そこから紡ぎ出されるものが、いつなんどぎつくっても決して変わらない味なのだろう。そのひとの味なのだろう。昭和という時代は、日々のうれしさを杖にして、なんでもないふつうのつよさを鍛えた。
ただし、とも思い直す。そんなつよいものが奔流のように一本、自分のからだのなかにも流れこんでいるからこそ、私はベトナムやイソドや韓国やタイのさまざまなひとびとの味をせつじつに親しく味わうことができる。あの昭和の台所は、ベトナムの台所にもタイの台所にも、つまりどこの台所にも通じているのだ。
そろそろ私も巻きずしやいなりずし、ちらしずしをつくりたい。秋が深まる朝、久しぶりに母に電話をかけた。明日こしらえるつもりのちらしずしの其の種類をひとつひとつたしかめながら、思わず口をついて出た。
「やっぱりちらしずし、ずいぶん手間がかかるね」
すかさず母が言ったものだ。
「今日の夜はよく休みなさい。そうしたら、味のことがよくわかるから」
一拍置いて、励ますように母は続けた。
「だいじょうぶ。つくっていると、きっとたのしくなるから」