端正なる探偵小説

されど修羅ゆく君は

されど修羅ゆく君は

 先頃、惜しくも59歳で亡くなった打海文三の傑作。訃報では「ハードボイルド作家」と報じられていたが、少し違和感がわく。探偵小説のスタイルで描かれた世界は、しかし限りなく端正で優しい。
 馳星周の文庫版解説に曰く。

 打海文三の描く人間たちは、みな、心優しい。主人公であれ脇役であれ敵役であれ、一様に心優しい。ただし、闇雲に優しいわけではない。その優しさには深い思惟の痕がある。薄汚れた世間に身を晒し、人の心の暗黒を垣間見せながら、それでも他者に優しくあることを選び取った人間だけが持つものだ。
 打海文三の書く現実は現実であって現実ではない。彼がかくあれと願っている現実だ。彼の願いは祈りにも似ている。その祈りがわたしの心を打つのではないか。
 打海文三の小説はハメットのように厳しくはない。かといってチャンドラーのように甘いわけでもない。騎士を気取った男の誇りや気概や友情があるわけではない。こすっからく、ときには悪どく、それでいて他人を思いやる気持ちも持ち合わせている―わたしたちの周りにいるのと変わらない人間が描かれているだけだ。…