宮部さんはやはり良いわ

誰か ----Somebody

誰か ----Somebody

昨日の東大全共闘の話じゃないが、戦後ずっと日本人の内面の問題を知識人とか、文化人とかにゆだねて来ましたわなあ。しかし昨今純文学が読まれない(何が純なのか知らねえが)、いや本そのものが読まれない時代。ミステリ作家の宮部のような人が何か時代の基層低音というか、空気というか、そんなものを名も無き人間の代弁者たりえているのかなあと。
この「誰か」は僕らの実際の実際の生活の中で感じられる一種、遣る瀬無い感覚に宮部は寄り添うことができるのかと感嘆すると共に、教養主義の時代はとうに去り、生活に皆さん追われながらも、こういった作品も世にあるのですというともし火のような…。すいません酔ってきたので、今日はこれまで。