看守眼

看守眼

大人の味わい。春日武彦「幸福論」によれば、旬の作家はさすがに時代を見据えているとしているが、まさにその通りの短編集。
「自伝」

自伝を残そうなどと考える人間の気持ちが知れなかった。ただの不幸か、ただの幸福か、そんなものをこの世に残すことに何の意味があるだろう。平凡な人生。特別な人生。そんなことを真面目に考えてみたところで、何がどうなるというのか。

「口癖」

後姿は淡々としていた。勝ちも、負けも、何もなかった。ゆき江はそっと涙を拭った。人生に、勝てる人間などいるはずがないではないか―。

「午前五時の侵入者」

立原が真に憎しみを覚えたのは、一見誠実で優しい人間達だった。視界に入った時だけ、哀れみと慈しみの眼差しを向け、誠実な言葉を掛け、気まぐれに優しさを分け与え、そうして少年の心に灯をともしておいて、その灯を無表情に吹き消す人間たちだった。