怖いですねえ…

高峰秀子の捨てられない荷物 (文春文庫)

高峰秀子の捨てられない荷物 (文春文庫)

 なんというか、これは一種の公開糾弾状というか、怨念の披瀝というか、凄まじい高峰秀子の執念を感じさせられる。勿論、作者は斉藤明美という女性ライターではあるけれども、高峰自身もお墨付きを与えるように最後に文章を寄せている。
 前半は、高峰の養母・志げとの壮絶な確執をこれでもかと、ライターの語りを借りて展開する。
 後半は、松山善三との出会いによって救済を得ての夫婦像が描かれるが、本書の眼目は、勿論、前半にあるのだろう。

数日後、特に葬儀をしたわけでもないのに志げの死は何故か人の知るところとなり、まず夫妻の仲人をしてくれた作家の川口松太郎が、電話してきた。
「お袋さん、死んだんだってなぁ、デコッ!これでやっとデコは、本当に幸せになれるじゃねぇかッ」
小気味いい江戸弁で、川口は、心から嬉しそうに言った。まるで祝辞だった。
数日後、撮影所に行くと、今度は映画監督の市川崑が言った、
「死んだんやてなぁ。おめでとう!よかったやないか」
昔、まだ若い頃、成城の高峰の家に下宿していたことのある市川は、やはり志げの“人柄”を知っていたのだろう、正直な思いを述べたのだった。

 川口はともかく、市川は、まだ存命中である。ここまで明け透けにしてもいいものかどうか…。
 昔、僕のじいちゃんが、高野山で買ってくれた宗教絵本の主人公が、悩む話を思い出した。
 主人公の侍は二人の女性に板ばさみになっていた。女性達は昼間は、仲睦まじい様子なのが、夜、行灯の明かりに照らされて障子の陰に映ったその姿が、二匹の蛇になって、争っているというものだ。
 幼い僕は、このページになると「しっこ、ちびりそう」な程怖かったものだ。結局、侍はその人間の諍いに嫌気がさして、仏門を目指すというようなストーリーだったような記憶があるが…。怖いですねェ。